【狛江3・11】保育園のスタッフに感謝の気持ちをこめて

3/11地震の日、僕は246沿いにある場所に出かけて仕事中、妻は彼女の職場に、子供は保育園でお昼寝中でした。まず、頭をよぎったのは耐震工事もおぼつかない古い園舎にいる子供のことでした。
しかし、多くの保護者と同様、僕たちもすぐには、帰れません。
30人ばかりの小さな福祉施設の仕事をしているのですが、施設を利用している人たちが安全に自宅に戻れるのか、自宅に戻っても大丈夫なのかを確認しなければ、戻るわけにはいかないのです。
急ぎ自分の施設に戻り、あらゆる手を講じて、利用者のひとたちをようやく送り出し、帰路につけたのはずいぶん、遅くなってからでした。

幸運なことに狛江では、園舎が倒壊するようなことはなく、到着した時には、ホールにぼんやり明かりが灯って先生たちと子供の姿を見つけて安堵しました。わざと何もなかったかのように、おどけて子供の帰り支度を済ませて、ドアを出ると、何人の先生たちがベランダで携帯を操作しているのを見かけました。その瞬間、彼女たちもまた、帰るべき家と家族を持っているのだと気づきました。
それから、そんな先生たちの身を案じながらも、その場の責任を全うしなければならない園長のことを、施設管理者の自分に重ね合わせて考えていました。
自分はこうしてこの時間に子供と会えたけれど、彼女たちはまだまだ、帰れないのだな。申し訳ないなという思いで胸がいっぱいでした。結局、すべての子供たちが家族の元に帰れたのは、深夜になってからだと聞きました。先生たちはどうだったのでしょうか。

翌週、まだ余震の続く中、卒園式が予定通り行われました。なにを間違ったのか僕は、保護者代表で謝辞を読み上げることになってしまいました。ありがちな内容の謝辞でしたが、最後のところは少しだけ自分の気持ちを入れさせてもらいました。PCに原稿が残っていたので、すこし引用します。



・・・・・・・・・記憶もなまなましい先日の大地震の夜のことです。
通信手段が断たれた中、都内の各所から混雑した交通機関で、
あるいは徒歩で狛江の町にたどりついた私たち保護者の前にあったのは、遅く
まで消えることのない暖かなホールの明かりでした。
安堵の表情の子供の向こうに見えたのは、先生方の笑顔でした。
激しい余震に不安を感じられたこともあったでしょう。ご家族もおありになった
でしょう。刻々と各地の惨状も知らされたことでしょう。それでも、この場所に留
まり続けてくださった先生方に心から敬意を表します。
言葉に尽くしきれるものではありませんが、園長先生をはじめ、ひとりひとりの
先生にお伝えしたいと思います。あの日、子供たちを守っていてくださって本当
にありがとうございました・・・・・・。


謝辞がすべての保護者の気持ちを代表していたかはわかりませんが、いまでも保育園のすべてのスタッフに心から感謝しています。それ以降、僕は変わったと思います。ひとことでいうと「3/11には、先生たちに子供を守ってもらった。これからは自分も自分の子を、自覚して、ちゃんと守りたい」ということです。

震災から4ヶ月。園内の測定、お弁当の持参や牛乳、それからプール等のプログラムのこと、放射能を心配する親たちの思いが、保育園に届かないという声を聞くこともあり、もどかしい気持ちになります。
子や孫を育てながら、震災後の不安な毎日を送っている同じ立場として、保育園のスタッフには、きっとその気持ちは通じているはずです。。
放射能について、園長、保育士、そのほかのすべてのスタッフと共に学べる機会がないものかと思うのです。
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by shinzawa-k | 2011-07-09 17:44 | 自己紹介


シンザワカツノリ 障害を持った方たちの地域支援をしています。広島生れ。小3男子の父。KOMAEnoKODOMO世話人


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